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ワイナリーマップ


シェーンボルン

ラインガウ地方はドイツワインの産地の中でも最上級とされています。ロマネスク様式の大聖堂で知られるマインツから観光都市リューデスハイムまでの、約40〜50kmにかけてライン川の北側に続く丘陵地に、有名なワイナリーが点在しています。
その中のひとつ、シェーボルン家から毎年秋に、銘醸ワインが「ドイツワインの店・ラインガウ」へ届きます。

シェーンボルン家(Familie von Schonborn)
14世紀中頃(1349年)には既にシェーンボルン家がヴィンケル(ラインガウ地方の一地域)にぶどう畑を領有していたと、古い資料に残されています。これがシェ−ンボルン伯爵家のぶどうづくりの最初で、17〜8世紀にはラインガウ地方にあった多数のぶどう畑を買い取り、その領地を拡大しました。
当時のシェ−ンボルン家出身のヨーハン・フィリップ(1605〜73年)は、マインツ大司教及び選帝侯(神聖ローマ帝国の宰相)となり、その後も同家から多数の司教が輩出しています。ヨーハン・フィリップは機械技術や自然化学にも興味を示し、また宰相として「30年戦争」の終結に尽力した結果、その弟フィリップ・エルヴァインと共に同家の名声をヨーロッパ中に広げました。

17〜8世紀における南ドイツの文化はシェ−ンボルン家出身の聖俗諸侯により大きな影響を受けています。シェーンボルン家は南独バロックの推進者でもあり、ヴュルツブルク、バンベルク、マインツ、トリア、コブレンツ、ブルフザールなどの華麗な城にその影響を及ぼしました。現在も残るそれらの多くの歴史的建築物が往時をしのばせます。

ローター・フランツ フォン シェーンボルン(1655〜1727年 マインツ選帝侯・大司教。バンベルク領主司教も兼任)はバンベルクの司教公邸やヴァイセンシュタイン城(私邸)等の造成を行っています。ヴァイセンシュタイン城は現在もシェ−ンボルン家が所有しています。さらに、ヨーハン・フィリップ・フランツ(1673〜1724年)と弟のフリードリッヒ・カール(1674〜1746年)は二人ともヴュルツブルク領主司教となり、ヴュルツブルク城(レジデンツ)を建造しています。
赤地に前足を上げ、二つに分かれた尾をもつ黄金のライオンが、銀の三角の頂点の上を歩く図柄のシェーンボルン家の家紋は、中世ヨーロッパの人々の目に頻繁にふれる存在となっていました。


シェーンボルン紋章
シェーンボルン家の紋章

シュロス・シェーンボルン領有
エルトヴィレ=ハッテンハイムぶどう園
このシュロス・シェーンボルン領有地は50haの収穫面積をもつラインガウ地方有数の私有ぶどう畑で、樹種は90%がリースリング種、残りがシュペート・ブルグンダー種、ヴァイス・ブルグンダー種です。
ここで造られたワインは、500年以上の伝統を持つハッテンハイムのワインケラ−に貯蔵された木製の酒樽で醗酵され、その半数が輸出に向けられています。これはゼクト(発泡酒)についても同じで、オーソドックスに瓶内醗酵で醸造を行っています。
シュロス・シェーンボルンのように、その所有するぶどう畑がほぼすべて有名なラーゲ(栽培区域)にあるケースは稀なことです。


※ドイツワインの品名は一般に村の名前と畑の名前を組み合わせて付けます。

地名(村名) 畑名
ハッテンハイム ヌスブルンネン、ヴィッセルブルンネン、ピファッフェンベルク
エアバッハ マルクブルン
ガイゼンハイム シュロスガルテン、ローテンベルク
ラウエンタール バイケン
エストリッヒ ドースベルク
ヨハニスベルク クラウス
ヴィンケル ハーゼンシュプルンク
リューデスハイム ベルク・シュロスベルク、ベルク・ロッラント
アスマンスハイゼン ヘレンベルク
ロルヒ シュロスベルク
ホーホハイム ドームデッヒャナイ、キルヒェンシュトゥック


エアバッハ ─ マルクブルン
エアバッハ ─ マルクブルンのラベル




ハルブルク

フランクフルトを経て、マインツでライン川へと注ぐマイン川。その中流域にある観光都市ヴュルツブルク一帯がフランケン地方です。かつてはドイツ最大のぶどう栽培地域として名を馳せました。

フォン シェーンボルン伯ぶどう園
シュロス・ハルブルク−フォルクアッハ
1806年、フランツ・エルヴィン フォン シェーンボルン(1776〜1840年)がシュロス・ハルブルク領を買収しシェーンボルン領となりました。ハルブルガー・シュロスベルク(単独所有)、ガイバッハー・シュロスパルク(単独所有)、ガイバッハー・カペレンベルクといった畑でとれるワインは、フランケン地方独特のボックスボイテル(水筒型のビン)に詰めて販売されています。
ぶどう栽培・ワイン作りの苦心のしどころは、さまざまな種類の土壌、および樹種の味をワインに生かすことですが、これはぶどうをなるべく自然に近い状態で栽培し、樹種と畑を厳格に区別して充填を行うことで達成します。
シュロス・ハルブルクの30haに及ぶ栽培面積の畑にはミュラー・トウルガウ種、ジルバーナー種を中心に、バッカス種、ケルナー種、リースリング種、リースラーナー種、グラウアー・ブルグンダー種、シュペートブルグンダー種といった多くのぶどうの種類が栽培され、銘醸ワインへと姿を変えています。
また、ここではフランケン・ゼクト(発砲酒)「シュロス・ハルブルク」や、多くの果実シュナップス、純粋樹種ブランディーの販売もしています。


シュロス・ハルブルク ─ フォルクアッハ
シュロス・ハルブルク ─ フォルクアッハのラベル




モーゼル川は古くローマ時代からの都市トリアーの南に端を発し、コプレンツでライン川に合流します。モーゼル川とその支流のザール川やルーヴァー川の流域一帯で生産されるワインは、その土壌を感じさせるワインの産地として知られています。

トリアー慈善連合醸造所
慈善連合という名は、その昔トリア−にあった7つの慈善院が、19世紀にナポレオンの命により統一させられたことによるものです。ここで生産されるワインは、連合体のシンボルマークとして、かつて別々の慈善院の一つであった聖ヤコブス院の庇護聖人「ザンクト・ヤコブス」が杖を持つ姿を金色でラベルに印刷しています。
現在、この施設の事業の中心は、ぶどう栽培とワイン造りではなく、病院や養育院、養老院、託児所、身体障害者施設などの社会福祉事業の運営・維持にあります。トリア−市を中心に周辺の30以上にのぼる市町村に散在する施設などの所有地総面積は1500haにも達し、農業や森林業、採掘などで得られる収益をそれら施設の維持にあてています。ぶどう栽培・ワイン作りがもたらす収益はこのうちの10%程度です。
ぶどう栽培総面積約40haは、おもにザ−ル地方に分散して存在しています。その他トリア−市やモーゼル中部のピースポート、そしてツェルティンゲンの各村にあります。
モーゼル川に面して建つ醸造所の地下のワインケラ−はドイツ最古のもので、かつてはローマ人によってヨーロッパ北部では最大の貯蔵庫としても使われていました。
[新ドイツワイン著書より]


杖を持つザンクト・ヤコブス
杖を持つザンクト・ヤコブスが印刷されたラベル



ライン川支流のひとつ、モーゼル川流域のザール地方やトリアー市では、ドイツでも有数のぶどう畑が拡がっています。トリアー慈善連合によって造られるワインは、豊かな芳香、独特な味香を備えています。

アルプスを源流とする大河ライン。大司教都市マインツから観光都市として有名なリューデスハイムへかけてのラインガウ地域では、既に13世紀頃からワイン作りが始められていました。
マインツでライン川に合流するマイン川流域のフランケン地方もまた、銘醸ワインの産地として名を知られています。